第18回

2003年12月25日(木曜日)はブルキナファソ

目次

 


国のあらましと地図
自然/歴史
産業・経済
文化
いろいろ情報

独立−1960年
国名−ブルキナファソ共和国 Burkina Faso
面積−27万平方キロメートル

人口−1260万人(2000年推計)
首都−ワガドゥグ(人口69万人1993) Ouagadougou

住民−モシ、フルベ、ボボ、グルンシ、グルマンチェ、 ロビ 他

主な言語−フランス語(公用語)、モシ語

宗教−伝統宗教、イスラム教、キリスト教

自然

まばらに木が生える熱帯サバンナ。
中央台地、南西部の山地、南部の台地のほかは、起伏は乏しい土地に、ボルタ川の上流が流れています。
南西部は降水量も多く、北東部は少ない半砂漠性の草原。中央部にはバオバブ、タマリンドなど食生活に重要な木が自生。
人口の都市への集中で燃料用の野生樹の伐採が増えたことなどから、土地の保水力が落ち、凶作が引き起こされることが問題になっています。

歴史

15世紀ごろ、集権的なモシ王国形成
20世紀初め、フランスの植民地に
15世紀ごろ、集権的なモシ王国が形成。
19世紀末にフランス軍が侵入。モシ王が保護領の協定を結びます。
1901年、ロビが征服されます。04年、現在の国土の大半がフランスの植民地に編入。
32年、乏しい資源・産物に代わって勤勉な住民を人的資源として、隣接する3植民地の開発に活用するために分割して帰属。
47年、オートボルタ
(フランス語で、上ボルタの意)として再編成。

1960年
「オートボルタ
(上ボルタ)」として独立

84年、「ブルキナファソ

(行ないの正しい人たちの国)
」に国名変更
60年に独立。66年にクーデターで初代大統領が失脚。
70年、複数政党が候補を出す総選挙によって、民政に移行。
しかし、政権は安定せず、80年代前半に3回のクーデター。
83年に政権を取ったサンカラは、84年「行ないの正しい人たちの国」の意の国名に変え、急進的な改革を行ないます。
87年、コンパオレがクーデター。
90年、マルクス・レーニン主義を放棄。
91年に複数政党制、大統領の直接選挙制を柱とする新憲法を制定。
大統領にコンパオレが選出されます(98年に再選)。

産業・経済

農業が主で、南西部でオリザ・グラベリマ種のイネ、ヤムイモを栽培。北東部では、トウジンビエが主。
中央部は、トウジンビエ、モロコシ、ヤッコササゲを混作されています。
輸出は綿花が中心で、出稼ぎも収入源です。
マンガンをはじめと鉱物資源はありますが、開発が進んでいません。

文化




モシは大型のひょうたんに皮を張ったタイコ、グルンシ、ロビは木の笛などの楽器の音でメッセージを伝えるのが盛んです。

1969年から、フェスパコ映画祭
(FESPACO: Le Festival Panafricain du Cinema et de la Television de Ouagadougou ワガドゥグ全アフリカ映画祭)が、2年に一度ワガドゥグで開催されています。
当初は、西アフリカの映画だけが上映されていましたが、その後、アフリカ全土、そして世界各地からも作品が寄せられようになりました。第19回は2005年の予定
(2月26日〜3月5日)

主な参考資料
『アフリカを知る事典』(平凡社))
外務省ホームページ
ブルキナファソ大使館ホームページ
『ブルキナベ―ブルキナファソで話した。豊かさって何?』(AJFステディツアー・ワーキンググループ)


いろいろ情報

○写真展 セバスチャン・サルガド 「エッセイ」―この大地を受け継ぐもの
 2004年1月12日(月・祝)まで。東京都写真美術館 2回展示室(恵比寿ガーデンプレイス内)
 「サヘル」をはじめとするサルガドの代表作と、進行しているプロジェクトを展示しています。

 ご意見・感想・情報をお寄せください。
Eメール mokuyobi@tam2.co.jp

「木曜日はアフリカ」ホームに戻る

「タムタム工房」ホームに戻る